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おかね様 (1/4) − 新潟県津南町でのお話し

おかねそば?

義父の病気見舞いで新潟県津南町の「津南病院」を訪問した時の話しである(09/12/13)。
病院の直ぐ手前に「かねさまそば」と書かれた看板のあるとんかつ屋さんがあった。

「かねさまそば」ってどんな蕎麦?

見舞いを終えて義父の留守宅で義兄に早速聞いてみた。


おごっつぉ
取り出してきたのが、津南町でまとめた料理の本。
この本には津南地方で伝わる「おごっつぉ」(ご馳走)が沢山掲載されています。お気づきの通り、「おごっつぉ」とは、この地方の方言で「ご馳走」の意味です。

先ず、P84に「その他の講やごったくのごっつぉ」のページがあり、更にページをめくっていくとP133の中程に【「庚申講(又はおかね様、庚申様)作の神】という記事が載っていた。
」「庚申塚」とという言葉はよく耳にしていたが、具体的にどんなものなのかは全く知らなかった。

P84

P133
↑ 上の各画像をクリックすると拡大して見られます ↑
 
はい、ここにおかねそばの答えが書いてありました。
「おかねそば」は、庚申の講の日や祝い事などに手打ち蕎麦振る舞った蕎麦でした。
庚申塔の行事は、津南町ではまだ一部の集落に残っているそうです。「かねさま蕎麦の由来」については、「NPO法人 かねさま蕎麦会」をクリックしてお読み下さい。


義兄は、床の間に飾ってある掛軸(左)を指さして更に説明してくれました。
何度も泊めてもらっているのに全然気にしていなかった掛軸です。
これは、「おかね様」(庚申)の日がくると、持ち回りで村人宅に集まり、この掛け軸を掲げた前で持ち合った手料理を食べて一夜を明かしたのだそうです。義兄の集落では、その行事が途絶えてしまったので、代表して掛け軸を大切に保管しているのだそうです。
上のP84にも掛軸が載っていますね。

これは、家内から聞いた話。
庚申の意味は知らなかったものの、子供の頃は庚申の日が来るのを楽しみにしていたとのこと。それは、翌朝になると、おかね様に参加した親が講で食べきらなかったご馳走を持ち帰って家族に振る舞ってくれたからとのこと。

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おかね様----何となくロマンを感じますね。義兄にはその後津南町にある庚申塔を案内してくれましたので、纏めてみました。こちらも是非ご覧下さい。
→ 津南町の庚申塔
 

← 上の各画像をクリックすると拡大して見られます
      
 次の庚申の日はいつ?
では、次の庚申の日はいつかご存知ですか?これを知るのは意外と簡単でした。

そう、「高島暦」に載っているのですね。
右をご覧下さい。この暦はたまたま平成二十一年度版ですが、こんな風に掲載されています。お手元に「高島暦」がありましたらお確かめ下さい。

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なお、残念なことに、病気見舞いした義父は、明治・大正・昭和・平成と生き抜いて、平成22年7月、102歳の生涯を閉じました。
義父は青年の頃ビリヤードを楽しんだ程の文化人。それでもきっと集落の皆さんに溶け込んで庚申の夜は楽しんだのかも知れません。
もっと元気な頃に庚申塔について詳しく聞いておけば良かったと今になって後悔しています。

 
 

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